皐月・二十一記 to 五分一世紀

 

 

部屋の窓は日差しが入らないように押し入れの戸を全部外して、ガラス窓に立て掛けている、つい4日前くらい前まで昼夜逆転ブルーライトを浴び続けた目には、茜空が見えるまでは寝かせてはくれなかった。くやしい、ふぇいすけあをし始めたのにこの生活に退路も進むべき道もないように思えていた。しかし、それは梅雨を感じさせる連日の雨、曇天、によって僕の脳内はボクサーが虹のような放物線を描き放たれた右(左)ストレートを顎にくらわせ、七色に塗られたブランコのように揺れ、精神から身体までプリキュアドラキュラになった(気分になった)ので、いつ寝ようとも寝なくても、最早世界の朝、昼、夜、という時間単語たちは液状化していた。つまり鬱々となるまえの躁を過ぎたカームベルトにいる。ぼくは毎年この時期が大好きである。屋根にぶつかる雨の音も、屋根から流れる昆虫界の濁流も、屋根と地面を繋ぐ逆昇竜拳の如き滝、地面と車や靴裏の間に存在している透明な音、どれもが視界よりも理性よりもそんなものはすっ飛ばして、体全体に響いてくる、おんがくのようなものだ。お前はジメジメしてるからな、とか野暮ったい声が聞こえてきそうだが、雨=湿っ気だけで生きているなら、もう一度そいつらに来世を与えたいと本気で思う。それが叶うなら中学入学と同時に全く通わなくなった教会に残りの日曜人生すべて掛けてもいい。日本の地味な建造物の数多くが鉛色で、その背景に灰色の空が広がっているのは、ワントーンという手堅いファッショにストでも真似できない。色の事を言っているのではない。ロジックでもバイブスでもなく、それは見れば分かることだ。

 

人間的に言えば、今日は朝の八時に起きた。いつか買った、チョコレートサブレと牛乳を嗜み、煙草をくわえていた。ぼたぼたとだらだら、ドュルドュるとスンスンと、時間は過ぎていった。スマフォで持続給付金のホームページを見ていると、KR、赤プッシュ、緑プッシュ、の画面が表示されたので、緑プッシュをスライドさせた。KRとは長い事あってなかった気がする。経堂駅前のしゃぶしゃぶ温野菜一号店で昼食をともにした。会話はしていたが、内容はほとんどなかった気がする、けどお互いになにか核心めいた事を感じながら喋っていた、そんな感じだった。久しぶりにあったKRはいつからか時間が止まっているように思えた。久々に会えたのでとても楽しい気分だった。お酒も入っていたので、顔が赤いまま小雨のなか別れた。

家に着くと持続給付金のホームページで、書類を作成するが、最後のところでエラーが起きたのでもう一度最初からやり直してください、と画面が出る。何度も出るので、調べてみたらサーバーが集中してすすまないようである。煙草をくわえて、わたしはベランダに出た。外は灰青としていて、キタノブルーを思い出した。夜は散歩に出て、ホットスナックを食べながら、youtubeで中東問題の動画を見ていた。幸福実現党の及川さんの解説は分かりやすく、あとこれは悪い意味になってしまうが、政治家と宗教という二大パワーワードに属している人だが、全然そういった香りが見てて匂わない。端的にいえば胡散臭くない。善人という言葉を背広のようにきこなしている人はよく見かけるが、この及川さんは兄のお下がりの洋服を嬉しそうに着ている感じだ。

池上彰春香クリスティーンサウジアラビアに行った動画を見ていて、来年くらいに行ってみたいと思った。そして春香クリスティーンのアバヤ姿にはその不似合いさに興奮した。やっぱり来年春香クリスティーンサウジアラビアの豪邸とかのプールで遊びたいと思った。池上彰とはアメリカのラスベガスへ一緒に遊び歩きたいなと思う。そんな姿を想像するだけでどちらも楽しい。ともかく来年はサウジアラビアインドネシアに行けることを(スイスもね!)悦に願う。